ごまだれ

感じた想いを書き残す場所

ディープインパクトゲートは日本競馬の進歩の歴史そのものだった

ディープインパクトゲート

夏コミありがとうございました

こんにちは。ごまです。

先日の夏コミ(C102)において『ごまのうま本 vol.2』を厳しい暑さの中現地にお越しくださった皆様、書店委託でお手に取っていただいた皆様、改めてありがとうございました。

※気になる方はコチラからご確認ください

gomap.hatenablog.com

委託:ごまのうま本 vol.2(ごまうま)の作品詳細 (メロンブックス)

 

お礼も兼ねて、この記事では入稿のタイミングで収録することが難しかったものの、今回の本の中身とも繋がる内容だと感じた題材について、ごまのうま本 vol.2補完編としてお送りいたします。最初は簡潔に書こうと思っていたら、自分が本に収録した1コラム分の分量になるほどのボリュームになっていました。

 

ディープインパクトゲート

それはノーザンホースパーク内に前日作られた『ディープインパクトゲート』についてです。2023年7月末に北海道に行った際にパークを訪問し直接ゲートを見に行ったのですが、その時の感じた気持ちを忘れる事ができなかったので書くことにしました。

 

 

ゲートを見た直後の感想です。彼の命日も近かったので観ながら彼を偲ぼうと思って向かったら、思わぬ展開に興奮で完全にやられています。ニュースでモニュメントの写真を見た時はかなり抽象的だなと感じたのですが、現地に赴き、自分の足で歩き、その目で直接見た時の感想は、それとは正反対のとても具体的なものでした。

この作品はモニュメント単体だけではなく、碑文の置かれている入り口、そこに向かう林道の道のり、そしてゲートの先に見える景色までの体験までを含めて『ディープインパクトゲート』という芸術作品だったのです。ディープインパクト特異点となった当時の衝撃がそのまま作品に落とし込まれ、追体験をさせるような構造がきちんと意図をもって作られていました。

構成

このディープインパクトゲートは主に3つの要素で構成されています。

  1. 入り口の碑文と林道
  2. モニュメント
  3. モニュメントの先に広がる景色

 

そして、この3要素は以下の内容を事をテーマにして作られていると感じました。

 

  1. 日本競馬が発展途上だった暗中模索の時代から
  2. ディープインパクトという世界を代表する馬が日本で遂に誕生し
  3. 父となってからも、彼の子孫が世界で大活躍している

 

1.入り口の碑文と林道

金子オーナー夫妻のメッセージ入りの碑文からモニュメントに向かうまでの曲がりくねった林道で表現されていたのは、種牡馬の墓場と揶揄された歴史から始まる日本の競馬が世界を追いかけていた暗中模索の時代です。

外国産馬の出走が大きく制限され、海外G1制覇どころかジャパンカップで外国馬に勝つ事も難しかった時代は、90年代後半にサンデーサイレンスを始めとした輸入種牡馬や外国生まれの馬達の力によって大きな飛躍を遂げました。1998年にシーキングザパールタイキシャトルによって海外G1制覇の扉が開かれ、そして2001年には日本で生産・調教されたステイゴールドによって「日本馬が世界でも戦える」という光明が見えてきた時代でした。

特に日本でG1未勝利だったステイゴールドの活躍は「日本で一番強い馬でなくとも海外で通用するんだ!」と私たちの意識を強く変える出来事でした。

あの頃の『時代が大きく動き始めている気がする...!』という空気感が林道を抜けて徐々に開けた視界になっていく風景と非常によくシンクロしていました。しかし、この時は90年代と比較したときに競馬への注目度が相対的に下がって行った時代でもありました。コスモバルクの挑戦やキングカメハメハの圧倒的な強さ、ゼンノロブロイの秋古馬三冠もありましたが、私があの時一番待望していたのは三冠馬でした。私はこれまでリアルタイムで牡馬三冠達成の瞬間を見れていなかったからです。

2.モニュメント

そんな中で迎えた2005年、若駒Sの衝撃的な勝利で彗星の如く世間に現れたのがディープインパクトでした。モニュメントはそこから始まる彼の伝説を表現した作品だと感じました。ディープの後ろ姿をモチーフにした(と思われる)「意心帰」と名付けられた黒御影石は遠くから見た時の形がディープインパクトが”飛んでいる”時の後ろ姿を強く想起させ、私を驚かせました。

林道を抜け視界が広がった先に突然現れる黒御影石は、突如現れたディープの衝撃を表すように存在し、そしてモニュメントに辿り着いた時に聳え立つ「天聖」の名前を持った白大理石の門は、ダービーが終わった後に感じた「これまでの競馬を過去のものにして、私たちを日本競馬の新しい時代の先へ連れて行ってくれると確信」した瞬間が切り取られているように感じました。

二冠馬になった時点で感じた「もしかしてこの馬は今世界で一番強いのでは...?」という高揚感は形にできないものでした。間違いなく三冠は獲れる...いや、三冠を捨てて凱旋門賞に行っても勝てるのでは?と前のめりになるほどその強さに感動していました。

そしてこんな気持ちになる根拠となったのは、それまでの日本馬の海外での活躍があったからこそでした。日本で生まれた初めての世界レベルの馬という点において正しく「日本近代競馬の結晶」でした。

 

3.モニュメントから広がる景色

この時点で圧倒され続けていたのですが、この作品を完成させる最後のピースはこのモニュメントから広がるノーザンファーム空港牧場の広大な放牧地と、その視界に入ってきたとあるモノでした。

ゲートの奥は広大な放牧地


広大なNF空港牧場で放牧されている馬の中にはマリアライト、グランアレグリアを始めとしたディープインパクトの血を血統表に持った馬たちも含まれています。パーク内では母のウインドインハーヘアが今も元気に暮らしていて、その息子をモチーフにしたモニュメントが彼の子孫を見守るように作られている...。その光景は数十年にわたる血統のドラマに思いを馳せるのにこれ以上ない場所だと感慨深い気持ちになりました。

ディープの子孫たちは日本で、海外で数多くのG1を勝利し、牡馬牝馬三冠馬を生み出し、父サンデーサイレンスの生まれ故郷でブリーダーズカップを勝ち、そして最後の世代で英愛ダービー馬まで輩出しました。

現時点で日本で生まれた馬の中で初めて競走馬としても種牡馬としても一番成功した馬と言えるでしょう。きっと彼の子孫達が更に夢の続きを見せてくれるはず…。

ゲートでそんな思いを馳せていると、遠くからとあるものが視界に入ってきました。

 

「あ...飛行機だ」

 

ノーザンホースパーク新千歳空港から直線距離で10km程度なので、離陸する飛行機がよく見えました。どうやら門のモニュメントは空港の方向に向かって作られているようです。タイミングが合えば門の中に飛行機を入れて写真撮れるなあと思っていたその時

 

「あっ...」

 

気がついてしまいました。

 

「そういう事なのか...?」

 

私はその光景から即座に思い浮かぶ馬を知っていました。

 

「コントレイルじゃん...」

 

このゲートがこの場所に、空港の方向に作られた理由は意図的なものなのか、はたまた偶然なのか、真意は分かりません。ですが、飛行機雲と名付けられて日本競馬史の中で初めて親子2代で牡馬三冠馬となったコントレイルのメタファーとして離陸する飛行機を視界に収められる場所にゲートが建てられた事に対しては、偶然だったとしてもそういう意義が込められているという考えしか思い浮かばなくなっていました。

 

「完全にやってるじゃん…」

 

ゲートの先に広がる光景は、ディープインパクトが残した数々の遺伝子と、それを象徴する親子2代三冠制覇という偉業を成し遂げたコントレイルを思い起こさせるものになっていました。なんて物を作ってくれたんだ...!

 

まとめ

短い時間ではあったものの、ディープインパクトゲートは実際に歩いて見て本当に良かったと感じた体験でした。そこで見えてきたのは、単にディープインパクトが残してくれた数々の偉業、遺産だけではなく、先人たちが凱旋門賞に始まる世界の大レースを夢みていた時代から長い年月を経て、日本馬が実際に世界中の大レースで勝利をあげただけではなく、オーギュストロダンに代表される日本で育まれた血を持った外国調教馬が世界中で大活躍している時代になるまでの日本競馬の発展の歴史も同時に伝えているということでした。今の自分は丁度ウマ娘凱旋門賞をテーマにした育成シナリオが始まった事もあり、あの白い門がフランスの凱旋門の解釈できるな…となっています。ディープの血を持った馬が凱旋門賞を勝った時、このゲートに新たな意味が生まれるかもしれませんし、そうなる日が来るのを楽しみにしたいです。ノーザンホースパークの入園料はありますが、新千歳空港から無料のシャトルバスが出ているので北海道旅行に来る時、帰りの空港に向かう前に訪問してみるのもいいかもしれませんよ。

パーク内にはディープインパクトゆかりの物品の展示がありました。

余談

 

最後に書きたいことは、広大な環境の中でこれほど自分の心に様々なストーリーを想起させてくれるモノとなっているディープインパクトゲートという作品に、私の心は震え上がりました。業種が全く違うとはいえ、自分も映像クリエイターとして生活をしている人間なので、安田侃さんのこの作品からクリエイティブの原体験を思い出させてくれる強烈な体験となり、とても刺激を受けました。

自分はこういう関係性の連鎖で胸をいっぱいにするタイプの作品がとても好きなので、本当に打ちのめされました。

まさか自分が彫刻作品にこれ程刺さる事になるとは思ってもいなかったです。一見無機質で抽象的にしか見えない黒御影石と大理石の作品なのに...なぜこんな気持ちになるんだ...なんてモノを作ってくれたんだ...。

 

言葉にならなかったです。

 

なぜこの気持ちに至ったのかを知りたくなり「意心帰」と「天聖」と名付けられた作品の意味などを調べる事にしました。すると安田侃さんはこれと同じ題名の作品が複数ある事がわかり、「意心帰」については意味をこう語っていました。

 

これは私の造語ですが、一言でいえば「形は心を求め、心は形を求める」ということです。たとえば、愛する人に対して「あなたを愛しています」と言ったとき、「どれほど?」と聞かれた経験がある人はいませんか。愛には形がなく目には見えないため、不安に感じて思わず聞いてしまうわけです。これが「心は形を求める」の意味で、「意心帰」は目に見えない心を“形”として表現することで、安心感をもたらしてくれます。

一方、この彫刻の形は見る人の“心”によって変わります。もちろん本当に変わるわけではありませんが、気持ちが高揚しているときには、この彫刻も生き生きと動いているように見え、気持ちが沈んでいるときには死んで動かないように見えるかもしれません。まさに自分の心の鏡として存在するのが「意心帰」であり、それが「形は心を求める」という意味です。

 

引用元

www.brillia-art.com

 

なんて事だ…。私は完全に作者の掌の上で踊っている事がわかり、更に震え上がる事となったのでした。見る人の心で変わるとするならば、それはディープインパクトや競馬が自分にとってどれ程大きな存在だったのか…と改めて認識する体験でした。